ブログ

飢餓遺伝子と人類の歴史

2014/11/13

飢餓遺伝子と人類ー2


1. 狩猟時代ー氷河時代は主として大型野生動物の捕獲であったが比較的豊かな食活を享受できたといわれる。
2. 採集時代-ーー狩猟プラス植物類、果実類、貝類等の採集が混在した時代
3.  農耕と牧畜時代----1万年前から現代へ
4. ヨーロッパに住むコーカジアンも厳しい気候変動と 繰返す飢餓により困難な食生活をしいられた
5. 日本では弥生人により約2000年前から稲作が開始されたが、中世、近世、明治まで断続して頻回の飢餓に見舞われた


<1万年前の生活と 農耕の始まり>
 氷河時代の寒冷期はマンモスや大鹿、野牛等大型獣の狩猟が主であり、温暖期に変ると植物の実の採集と草原の小型動物の狩猟が主であった。
この時代、人類の生活を大きく左右したのは不規則な寒冷と温暖の数十から数百年単位の変動。
繰返す雨期と干ばつと洪水など自然環境は人類に対して危機的猛威をふるった。
1万年前のヨーロッパ大陸は南部は地中海気候帯、西部は海洋性気候帯、東部と北部は大陸性気候帯に属しこの移行帯は 大きく変動し続け、寒冷期は北アフリカ海岸線に、温暖期にはバルト海にまで北上した。
この移行帯は5~600年の単位で変動したと言われている。

 農耕前は、動物源としては哺乳動物、鳥類、爬虫類、昆虫そして海産物、食べられる動物の死体などであり植物性食材としては豊富な野生の植物類(蜂蜜も含む)であった。
やがて人類は次第に単なる採集から利用価値の高い食物栽培の技術を獲得し、能率よく食材を手に入れる事が可能となった。
約1万2千年前、農耕が中近東西部で始まり、6000年前にはヨーロッパへと波及した。
一般にヨーロッパは寒冷であり、ことに北部地方は農耕には不適の土地で、
耕作にかわって牧畜が代用た。

流通は未発達、有効な交通手段を持たなかった当時、飢えと栄養不良は当然の結果であった。
そのような時代に農耕の開発はそれまでの狩猟採集民族としての人類にとってまさに革命的転換点なった。

 農耕は大量の穀物生産を可能とし、人口増、過剰な穀物の蓄積を産み、集落や都市が形成され、緩やかな流通経済も成立させるにいたった。
しかし、同時に集落形成は環境面では、細菌やウイルスの巨大な培養基となるマイナスをもたらした。
その結果は 天然資源に欠けた土地が産み出す栄養価の低い植物の生産と、人間の身長の短縮であった。
紀元3500年前頃にメソポタミア地方に都市が出現し、現代の歴史の幕あけとなった。
鉄器時代にはいいると、食料と人口増を維持していくため、土地は多数の領土に分割され、その土地をまもるため、居住をかねた要塞も多数構築されてきた。
こうして民族の群雄割拠の状態が出現し、人類の絶え間ない近隣部族同士の戦いの時代へと突き進んだ。


<饑餓遺伝子を考える>
 最近はこの言葉はあまり使われなくなりましたが、なかなか本質をついた日本語だとおもいます。
 氷河期、旧石器時代に寒冷地帯にすむ人類は食物資源確保のため狩猟ー採集の為に1年間の大部分をついやした。しかも食材としてのマンモスやトナカイ等は年間を通じて規則的に獲得することは不可能であり、彼等の食生活のサイクルは飽食と飢餓のサイクルも多かったと推測されるのです。
すなわち年間を通じて大型動物を捕獲した数ヶ月間の飽食と食べ尽した後の飢餓の日々(雪中に保存し長期に利用もした)の繰り返しであった。
 しかしこれは狩猟ー採集民族の生活の一断面にすぎず、狩猟?採集民達は当然ながらあまりに気候が寒冷化すると生存可能な緯度まで撤退し、安定した生活環境地帯に逃れたのである。
いずれにしろ過酷な環境に打ち勝って生き延びるために人類は如何にして生存のエネルギーを確保しえたのでしょうか。
 有名なアメリカの集団遺伝学者故Neel博士は人類生存の防御機能として饑餓遺伝子 の概念を1962年に提唱しました。
すなわち「 氷河期、飢餓と満腹サイクルを繰返し生きた古代人が、自己のエネ ルギー利用と貯蔵の効率を高めるに獲得した遺伝子が
節約遺伝子(饑餓遺伝子)である」と。
この遺伝子を獲得できないと厳しい自然を生きられずと言う訳です。

 伝統的な生活習慣から急速に西洋風のライフスタイルを強制された北アメリカに住むピマインディアン、南太平洋島々の住民、オースト ラリアのアポリジニなどで肥満、糖尿病などが激増した事実を解明するうえで饑餓遺伝子説は妥当として
現在にいたるまで支持されています。

 
 Neel博士は1962年に上記の論文を発表しましたが、1999年には「”it is now clear that the original thrifty genotype hypothesis, with its emphasis on feast or famine, presented an overly simplistic view」

と前論文を若干訂正しています。
 博士は同じ地域で同じ食生活を送る白人系アメリカ人よりピマインディアンに糖尿病罹患率が高頻度に発生した理由を1万年前の特別な遺伝子の発現にもとめたのです。

<ネイティブアメリカンと饑餓遺伝子>
 1万8千年前、海で埋没する以前、シベリアからモンゴロイドがベーリング海溝沿いに数十人ずつの単位でアメリカ大陸へ渡来してきた。
彼等パレオインディアン達の子孫の一部がピマインディアンです。
約1万年前とほぼ変わらぬ生活様式を維持して来た。
 1830年、アメリカ議会はアメリカ本来の住民である東部在住のアメリカインディアンの強制移住法を成立させ、
1870年以降には西部のインディアン達も全米各地に移住させました。
さらに1887年後は、彼等のライフスタイルそのものをを強権的に西洋化させたのです。
うしてインディアン部族は固有の伝統的な生活と文化をうばわれたのです。
やがて強制移住させられた限られた地域に住む彼等の間に肥満と糖尿病患者が世界一の高頻度に発症し(50%と)、アメリカはじめ世界中の糖尿病専門家の注目をあつめることになりました。
当時、北米にはインディアンは500以上の部族が居住していたといいます。
 一方、アラスカに居住する北極圏のイヌイット族やメキシコに住むアメリカインディアンにはこのような事実は認められていません。伝統的な生活習慣をもち続けた結果、糖尿病発症率はわずか3%に過ぎないのです。
しかし、彼らに対してもここ最近の10年来の自然と生活環境の変化の与える影響は大きい。
わずか数十年のヨーロッパ風の生活スタイルを送っただけで次の世代に糖尿病が多発したのですから。
 歴史的に飢餓に悩まされて来たのは当然ながらアメリカに住んでいたこれらパレオインディアンに限らず高緯度の寒冷地で生活してきた地球上の人類に共通の事実です。
ことにヨーロッパ北部はシベリア並に寒かったのです。
1万年前から19世紀初頭まで絶えず飢餓に苦しんで来たヨーロッパ在住のコ−カジアンを、なぜか現在にいたるまでヨーロッパの人類学者達は饑餓遺伝子の研究対象として取り上げてきませんでした。
科学的に見ても不思議なことですね?

 コーカージアンは生まれつき先進的かつ文明化された民族であったので飢餓遺伝子とは無縁であるとの人種差別的な優越感がヨーロッパの考古学界を支配しているからです
ヨーロッパではそれで饑餓遺伝子の研究の矛先を自分達の祖先には求めず、未文明の世界に求めているのです
 農耕開始の初期から近世まで、ヨーロッパの人口の90%を占めて来た農民が常に飢餓の脅威にさらされていたのは歴史的事実であり、彼等は狩猟採集民より飢餓の危険に曝されながら生延てきたとの学術論文も多いのですが。

<人類の活動> 人類は古代型サピエンスの時代になると大脳が急速に発達しました。 
人類が肉の味を自覚したのは250万年前ごろと推測されています。この動物性の食材利用が脳のサイズを拡大し機能も成長させたのです。
同時に肉体を確実に成長させた。
この大脳の肥大化が人類として長く生き残る要因となった訳です。蜂蜜や果物や穀物などの採集により脳細胞が必要とするブドウ糖が常に供給された結果、より優良な遺伝子を現代へと残し得たのです。

 3万年前以降の人類の各種生理機能は骨格構造とならんで、
現代人にひきつがれています。

人類を取巻く自然環境の巨大な圧力が人類の生存に大きな影響をあたえ、
如何にして人類の遺伝子の変化、

変異をもたらしたかは正確には不明です。

 紀元300年から600年にかけては天候不順と厳冬で人類は生存の危機にさらされましたが、その危機を脱した西暦900年前後、移行帯が北に移動し安定した温暖気候に変わったことからヨーロッパは生き返ったのです。以降の1300年末までの400年間、ヨーロッパは温暖化の時期を迎えたのです。そしてようやく農業と牧畜で食料の自給自足が可能となっっていったのです。
この期間は中世ヨーロッパの豊かな時代として400年間続いたのです。

この豊かな社会秩序のなかでヨーロッパ各地に壮大なゴシック建築群が出現したという訳です。

 

 

21世紀はどうなる:

 2003年に世界糖尿病機関が発表したデータによると、1995年に全世界の糖尿病発症は4%であったのが2010年には5.4%にまた2025年には7.6%に増加する。
発展途上国では3.8%から4.9%の増加ト報告しています。
そして患者総数は2025年には全世界で3億人。
先進国では5100万人から7200万人の42%増加。
一方、発展途上国では8千4百万人から2億2千2百万人と絶対数はふえますが、
総人口が遥かに多いので(アフリカ等)比率は先進国に比して小さいのです。
 1990年ごろ、フランス、ドイツ、イギリス、オランダの糖尿病罹患率はそれぞれ2%前半でした。そしてIDF の2003年の発表では、それぞれの国で6.2, 10.2, 3.9, 3.7%へと増加した。
さらに2025年には7.3, 11.9、4.7、5.1%に増加すると予測されています。
2000年以降、スペイン、ポルトガル、イタリア、スイス、北欧諸国、
ロシアでは全人口の8~10%以上です。

世界的な糖尿病増加の巨大潮流のなかに今やヨーロッパも完全に飲みこまれました。
21世紀、世界で最も高い増加率を示すのは中国の68.5%、インドの59%増で、今後、経済発展の高い地域においての増加が突出することになります。
年令による糖尿病罹患率を検討してみると、先進国では高齢者人口増に比例して60歳以上の糖尿病の増加が特徴的なのにたいして、発展途上国は働き盛りの中高年者40から50歳までの罹患率が最も高いのです。この相違の原因は現在なお不明です。
 1995年以前、ヨーロッパ諸国のイギリス、ドイツ、オーストリア、イタリアにおいては糖尿病の発症率たかだか2%台であり、北アメリカやオーストラリアの8%と大きな差が認められていました。1万年前から彼らの先祖はヨーロッパ各地にに住み飢餓遺伝子を共有していたのに何故このような差が生じたのか?
ジャレ.ダイアモンド先生当時ヨーロッパ大陸の市民階級の中で経済的に困窮していた下層の人だけが新世界アメリカ大陸に渡り現在のアメリカ人の先祖となった。オーストラリアへ移住したヨーロッパ人も同様であった。
 これら下層階級の農民達は常に飢餓にさらされ、低水準の生活であった。「渡米した 彼等は移住後も厳しい環境下での開拓、農耕作業を強いられ、
長い年月、飢餓的状況が続いた結果、彼らの飢餓遺伝子は消滅することなく
現在に至るまで活発に活動し続け、一方、ヨーロッパに残った人々は流通の発達により飢餓状態から脱し
食料不足で悩まされることは少なかった。すなわちヨーロッパ大陸に居残った人々は豊かな生活水準を保ちえたので飢餓遺伝子は存在しなかった

これは歴史を無視した珍説と言えませんか。
 現代なおヨーロッパの歴史、考古学界等の有力専門家や大家と言われる人達の中に歴史的事実に目をつぶり他人種を一段と低くみおろし、コーカジアン優位の論文を書く学者も少なからずいるという事実をしめす典型的な文章ではないでしょうか。
 現在、ヨーロッパ各国のコ−カジアン、ヨーロッパに居残った白人種において糖尿病が激増している事実をダイアモンド先生は今後どのように説明するのでしょうか。大いに興味ありますね。

 平均的なアメリカ人の食事は高脂肪(飽和脂肪),高タンパク、高砂糖食からなる高エネルギー食です。このような均一の高カロリー食が広まれば世界のどの地域においても遺伝子は同一パターンの変化をうけます。
いわゆるエピジェネティックな影響下になります。
 ヨーロッパでは昔から多種類の伝統的なローカル料理が各国で育まれて来ました。
その食文化は野菜類、ジャガイモはじめとする穀物中心の雑食であり、豚、鶏、羊等の多用により、脂肪間でのバランスもとれ、飽和脂肪の牛肉いっぺん党ではない伝統が多く見られた。しかし第2次世界戦後60年、ヨーロッパ各国においてもアメリカ文化の影響を強くうけてます。世界各地から農産物が輸入され、伝統的色彩を残していたコ−カジアン独自の食文化もアメリカ式食習慣に浸食され、発展途上国と変わらぬ状況へと変貌しつつあります。
その結果、ヨーロッパ各国においても都市部を中心に糖尿病罹患率が急上昇しています。

日本と全く同じ道をあゆんでいます

饑餓遺伝子と言う言葉は人類の歴史において依然として重要な意味を持つ言葉といえます。激しい饑餓が続区アフリカの人々の飢餓遺伝子はどう変化していくのでしょうか。
 地球最後の氷河時代を乗り越え、やっと農耕と牧畜で年間を通じて食料を確保できるようになった人類に刻み込まれたDNAが、約1万年かかって現代人の遺伝子の基礎を作り上げてきた。
 長い歴史において,過酷と快適と言う2面性をもつ気象条件が反復されると
摂取するカロリーは大きく変動し、遺伝子は環境に適合して変化し,幾世代に受け継がれていきます。人類は厳しい氷河期を生き延びる為に飢餓遺伝子を必要とし、
この遺伝子は環境の変 化により多型を産み,平等に地球上すべての人類に刻みこまれたのです。 
飢餓遺伝子の有無に人種差を示すエビデンスは見つかっていません
「コカコーラ化」(高脂肪と高タンパク質と大量の砂糖摂取食文化)によって、それまで発 展途上国にのみ限定的に活性化されてきた饑餓遺伝子が先進国においても、一斉に冬眠から復活覚醒し、ヨーロッパの先進国を先頭としてグローバルな糖尿病激増の主役として脚光をあびるにいたったという訳です。