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こんなモスクワ旅行

2019/05/07
 こんなモスクワ 

 今年の5月1日、パスポートに令和元年初日の日時スタンプが押された。
大満足。
さて日本航空421便の成田発でモスクワ へ。
モスクワ市ドモジェドべ空港へは約10時間。午後3時に定時到着。
成田出発のスタート時の1時間の遅れをしっかり取り戻して。
機内食の和食はなかなかの味付けで旅心をはくも満足。
空港での入国審査は予想通り時間がかかる。パスポートの写真と実物を念には念を入れてさらに念入りに確認?しているのだろう。
 
 モスクワ大学政治経済学部に留学中の女子大生をロコさんとしてに頼んでいたのでロビーで初顔合わせ。モデル並みのスタイルに知性を感じさせるベッピンさんで年甲斐もなくウキウキとさせてくれた。
 小生この8月には80の声を聞く。一人旅。

タクシーで市内中心部のSAVOY HOTEL へ。
昼間の曇り空の下をラッシュにまきこまれずに順調にホテル着。
紺色も鮮やかな制服に身を包んだオールドオールドなドアマンがさっとタクシーに駆け寄ってくれる。気分良し。
 モスクワはメイン道路の道幅が広いので、立ち並ぶコンクリートの建物の重圧感はあまりない。
もっとも建物は平均10階以下で、空が広く感じられた。
 今回3泊したSAVOY HOTEL の朝食は内容豊富で、味付けもしっか丁寧な整然とした盛り付けも素晴しかった。本家ロンドンのSAVOY hotel の朝食を質量ともはるかに凌いでいる。雲泥の差だ。
朝食は当然ながらブッフェスタイルで室内の雰囲気も、従業員の立ち振る舞いも感じがいい。品数が多い上にボリュームもたっぷりだ。
スープ、新鮮な牛乳、ヨーグルト。サーモンは本場だけにとせも新鮮で香りも漂ってる。重厚な舌触りすら感じた。大きな丸ごと一匹焼きの鮭の肉感も立派で日本でも滅多にお目にかかれないのでは?。
ニシンはあったけど、鱈は見つけ損なったなあ。
生の野菜のサラダが新鮮でとてもうまい。
 しっかり朝食をたべて、日中の観光地巡りに備えた体力とエネルギーを強化する。あとでこれが正解と判った。
 
 初日はまずゴーリーキー公園に向かう。ぜひいってみたかった所の一つ。50年前、このゴーリーキーパークこそ当時世界的ベストセラーとなった長編サスペンス小説(その年のアメリカ推理小説大賞獲得)の舞台だったからだ。まだ米ソの冷戦の最中、007の活躍が世界を沸かせていた頃だ。
 このゴーリーキー公園はモスクワ市の中心部にあって静寂空間の中に整然とその存在感を浮き立たせて居る。すっきりと整備舗装された敷石の歩道。どこまでも続く10メートル越える新緑の芽が見事な緑の並木道。
まさに恋人同士が肩を寄せ合い歩くためのロマンチックな散歩道と言えるな。
 また孤独でさみしい中年男にはマラソンコースとしても最高。1日の疲れもとれ、空洞化した心も若干は癒されることうけあい。
緑が豊富な広大な敷地。小説の主人公であるスパイが活躍するには格好の舞台だと改めて実感させられた。
 もっともモスクワの市街はどの通りも綺麗に掃除が行き届いていて街自体はとても清潔であります。
 
 その散歩道を歩いていくとGAREGE という名の遠目にもスケールの大きさを感じさせる建物が姿を現す。
モスクワ市ご自慢の現代美術館である。
建物は3階建で簡潔かつすっきとしたグレーの外壁で囲まれて美しい。
内部の展示品も現代絵画中心で見応えのある傑作が揃っていていつまでも見飽きない。昔懐かしいモンローやグレースケリー、ジャクリーンなどの往年の美女軍団の珍しい写真にもお目にかかれてはるか昔の青春時代の消え去った夢、幻を蘇られてくれますよ。
 
 さてさてサボイホテルの真正面には6階建ての大きなビルに大注目。
一つのビル全体が子供天国になっている。
あらゆる年代の子供用の衣服から靴、オモチャ、ゲーム類までなんでも揃って居る。なんでもある。子供を運ぶ気動車まで走っている。
そして親子でいつも超満員だという巨大な吹き抜け空間を取り巻くレストラン街の数々。
世界中の有名なレストランのオンパレードで5階と6階の全部を占めている。
冬厳しい気候だから子供たちの心身を癒し空腹を満たすには必須の溜まり場であると納得する。

 モスクワでは流しの雲助タクシーに注意。
外出にはホテルからタクシーを呼んでもらい料金を交渉してから乗る。
 目的地へ行く場合、建物を一回りしたり、正面玄関脇を通過して裏口まで走ってから客を降す。客はそこから正面玄関まで建物をせっせと徒歩で半周して戻る。有名レストランも探すふりして100メートル先で降ろしたりもする。
 正規料金は日本よりかなりやすいが、悪質なタクシーにつかまるとその数倍以上ぶったくられるので要注意。

フルマラソンが趣味の人ならいっそ市内を走って美術館巡りしてもいいかも。
トレチャコフ美術館やプーシキン美術館も行きは良い良い帰りは怖い。
帰りは悪質なタクシーのカモにならないように。

 モスクワ市内の観光施設巡りは日系か大手旅行会社が主催して居る現地ツアーに参加することが安全。美術館巡りも同じです。
 美術作品で飾られたいくつかの地下鉄駅見物も、対独戦勝記念公園内に作られた巨大で豪華な噴水が自慢の宇宙センターもゴーリーキー公園も、歩く歩く歩く。モスクワでは有名な観光スポットは歩くことが前提条件。
まだかまだkというくらい、それでも着かないんだよね。現地のロコさんは早足で元気で歩くから。すっかり慣れてる感じ。
そうなると大枚払って自家用のベンツに乗ったまま観光するのもいいかも。
一般の観光客は市内の名所見物なら何度でも乗り降り自由な市の循環バスを利用するのがベスト。

 今回は3人のモスクワ在住の若い女性ロコさんたちと一ご緒させてもらった。
初日、2日目は政治経済学を勉強中という女子大生。健脚で長い足を生かしての移動。スタコラ平気で歩き続ける。息をきらせてついていくのが精一杯。
でもゴリーキー公園内は恋人同士のように肩を寄せ合って歩けたのはいい思い出になった。サービスどこを心得てるんだ。さすが。
 
 3日目は40歳のロシア人男性と宇宙航空センターを見物。
経済学を専攻したという気のおけないとても親切な中年男。地下鉄で移動。
が利用した駅は皆平凡なコンクリート製。
芸術的な絵画で飾られてる駅の数はすくない。
もし美術品を鑑賞したいなら事前に十分な調査が必要。
地下鉄の駅の構内も長いいんだよね。

 4、5日の昼は一人でプーシキン美術館とトレチャコフ美術館見物。
プーシキン美術館は評判どうりの名画のオンパレードで見応え十分。みなさんの好みみのこれぞという名画にであえます。
 トレチャコフ美術館は午後に行ったので入館まで長蛇の列、1時間以上並ぶというので諦めた。タクシーが蝟集。値段聞いたら正規料金の5倍。乗ってから
降りるときにびっくり。どこまで値切れるか。2倍までは粘って値切ること。
 
 モスクワにまで足をはこんだので、市内の名だたる有名レストラで食事。
じじいが一人でポツンとテーブルに座っても場違い。
疎外感を実感させられてきっと泣けてくるよ。
歳じゃとっても同伴者が必要です。ロコさんたち、皆親切だった。楽しかった。
 店名は、buono とwhite rabbit 。モスクワでも超有名レストラン。
またtorandotto (トーランドット)とプーシキンというこれもモスクワを代表する有名店でも食事した。
どの店も内部の飾りは立派で、スターリン様式で建てられた超高層ビルのてっぺん(white rabbit)からの夜景もなかなかのもの。
また味も満足させてくれました。

3人の女性たちのプロフィル。
 今回の旅の案内役をお願いした女性たち。
おひとりはviolinist 。モスクワ市内にあるローカルなオーケストラが日頃の職場だと。アルメニア人と結婚していてまだ子供はいない。モスクワ滞在は7年になると。気力充実していてとても活動的。夫婦二人とも同じオーケストラに所属して楽しい毎日を送ってるとか。物価が上がるのに給料は上がらず庶民は苦しい生活を強いられているとも。
それでももう日本に戻ることはないでしょうと屈託のない話ぶり。強いなあ。
 二人目のロコさんはモスクワ在住がまだ1年半でロシア語は喋れず。フリーランスの仕事を自宅でしているロシア人の旦那とは英語で日常会話を交わす。
目下は専業主婦で旦那の食事作りが日課らしい。
子供のような顔立ちに似合わず立命館大学の国際学部(大分市にある)卒でしっかりものという印象。
 
そしてモスクワ大学で政治経済学学を勉強中の彼女が3人目。
独身で素敵な男性を募集中とか。
 政治問題に興味ありとかでプーチン政権について当たり障りのない会話を交わしておしまい。がそれなりに楽しかった。
 
3人の女性たちは皆さんモスクワにすっかり根を下ろして堂々と生活してます。少なくとも一過性のツーリストの目にはそのように見えた。
1年の半分は暗い曇り空と寒さの中、日本人の集団を離れて馴染みの薄い生活環境の中で自分の行き方をしっかりと貫いて明るく生きてる。
その姿に80才過ぎのじじい彼女らの発するエネルギーとパワーに圧倒された。
女性はやはり、いつの時代も世界のどこでも男性より強いと改めて感じ入った。
こういう貴重な経験は集団で移動する観光するツアーでは味わえない。
旅は一人でないと目新しい経験は不可能。
旅する人生には年齢はバリアフリー。

 モスクワ ひとり旅の旅行者の安全は自分ひとりでは守りきれない。
信用の置けるガイドが必須、か数人で行動を。

モスクワが西ヨーロッパの諸都市とはかなり違う雰囲気を持つということは確認できた。

 

血糖コントロール基準値?

2019/02/20
人生100歳までのフレーズが普及してる現代日本。
健康を維持して100歳まで、元気でいたい、という願望を大勢の日本人は
当たり前のこととして抱いています。「先生、私頑張りますよ、100まで元気に」
こう おっしゃる高齢者の方が増えました。現実はなかなか厳しいとは内心では
思っていても、いや万が1どころか10分の1以下の確率で100歳まで手が届くんじゃないかと思っているんですね、本気で。

糖尿病のコントロールの指標ははHBA1c値で6.2%以下です。
これって厳しすぎません?
日本の代表的な糖尿病専門医が科学的データを元に討論を重ねた末に決定したことに異論を挟みたい。過去40年以上開業医として多くの糖尿病患者に接してきた経験から感じてきたことから到達した結論です。現在、我がクリニックに年齢が満80歳以上、最高年齢が95歳までの糖尿病患者さんは10数人います。最近その方たちのHBA1c値が8.0以上を超えていることが多いのにはたと気がついていたからです。なかなかHBA1c値が目標値をクリアできない。みなさん、HBA1c値が8.0%以上なんです。ときどき年に数回、12回測定いてb3~4回、ワンシーズンに1回は7、5以下にさがります。が翌月は元の黙阿弥です。
しかし、結構元気ですよ。なんて言ったて90歳ですから。
上昇な患者さんは既に専門病院外来に通院して治療をうけていて、軽症の患者さんが身近な街の開業医を訪れているという現実はあります。
しかし、そのような継承の患者んがみなさん、10ねん、15年と元気に私のクリニックに通われているんです。アカデミックな厳格な数値を外れてHBA1c値が8.0%以上をしばしば超えていてもです。
厳格な食事指導を定期的に私とベテランの看護師とでフェイス ツー フェイスで実行しているんでうすが、思うようにはいきません。