ブログ

2019年、2018年、2017年、2016年

2016/01/10

2019年(平成31年)3月。
 今年もあっという間に正月も終わり3月も中旬。
箱根往復大学駅伝のランナー達を沿道の脇で見送ったのも遠い昔の出来事に思える。2019年、平成最後の年である。
昭和と平成の時代を生きて80年を越えた。
まだ10年以上も生きそうであるし、あるいは1年後には消滅してるかも。
確かなのは今、現在の流れ行く一瞬の時だけだ。
そして今を意識している今がまさに人生の盛りだということ。それを自覚したい。60歳の定年を過ぎた人々が先先の幸運の到来を期待しても自分の両手で掴みとることは不可能だろう。
 運に恵まれ、生まれ持った利己主義に徹したDNA的才能を生かしきって場合は例外である。他人を利用して当たり前の能力は先天的。
そして判断力を素早く回転させ他人をだしぬく後天的な頭脳にみはなされたまま一生を終わるのが大多数の人間である。
しかし人生の成功も満開の桜も散って仕舞えば誰も見向きしないのと同じで気にすることはない。


2018年(平成30年)
 2018年も半分が過ぎようとしている。
今は6月、梅雨である。今年は地震が頻発している。
6月17日の日曜日は正午ごろ前橋市を中心に群馬県で震度5が。
そして今日18日の午前8時前に大阪市北部を中心に震度6の地震に見舞われ、新幹線も午後5時ごろには正常に戻った。
一方、モスクワ市ではワールドカップが始まって世界中が狂気のように興奮し、NHKのゴールデンタイムも連日サッカー日本代表を詳細に報道している。
 日本はいつまた震度7以上の巨大地震に見舞われる危険性の中にいるのだ。

先月の5月で一人暮らしも満4年が過ぎた。まさに光陰矢のごとしがピッタシ。
気楽な一人暮らしに順応してきた。表向きは同情的な周囲の目も無関心になっている。去る者は疎しのことわざとうり。
またこれから新しい日々がはじまるのだろうか。


2017年はトリ年。(平成29年正月)

 1年が過ぎた。
いや、もう3月12日だからプラス2ヶ月半。

1年前に申年の夢を書いて以来420日以上が過ぎ去った。
1年ごとに時間の感覚は短縮していく。
90才を過ぎると1年が1週間並みの長さにしか感じられないとか。

 
100才を越えても心身ともに大きな変化をうけずに元気で生活を続けている人が増えた。人類の確かな進歩の証だ。
ボケずに年をとっていくと現在正常に活動している大脳生理学的desireはどう変わるのかな。
未知の世界の事を今ああだこうだと想像しても意味は無いか。

 今日、1ヶ月振りにベランダに野良猫が姿を現した。庭のカーペットにのんびりと寝そべって私をみつめていた。
1ヶ月前に我家の2階のベランダに現れたときは庭石の上にキッチと正座し身動きせずに正面をむいていたのと同じ三毛猫だ。
 その時はしばらくの間、ベランダと居間を仕切る1枚のガラス戸越しに私と猫は向き合っていたのである。
初回の出会いではその三毛猫は私の顔をじいーっと見詰めていた。瞬きをまったくしないで。
その時は2年半前に死んだ女房が猫に姿を変えて最後の別れに来たんだと思いこんだ(笑い)。そのくらい猫らしからぬ気品が全身から感じられたのだった。科学的根拠がないって?

しかし、今日はどうだ。
だらんと寝そべって、しかし油断のならない野良猫特有の眼差しで私をきつく見詰め返している。
正座していた彫刻のような気品は全く見られない。
ただの野良猫に戻っていた。
私はあくびをして椅子から立ち上がり、ベランダをあとにした。
新年の「野良猫の幻想」は終った。

 2017年の正月は東京湾を真正面に望むインターコンチネンタル東京ベイホテルで迎えた。
鏡のような淡いブルーの色合いが視界の外まで平らな東京湾。
白黄金色に輝きを漂わせる青い海に差し込む放射状の光の帯。
初日の出だ。
白光の太陽がゆっくりと上昇していく。

そしてあッと言う間に太陽はその姿は膨張し黄金の丸い球体に変化した。岸壁に立ち並ぶ倉庫群の屋根の上をどんどん上昇していくのを見ると新しい年が始まったのだと実感する。


(猿)年の初夢    平成28年元旦        

今年は申年。

猿年と書いたほうが今の自分にあっている。

何しろ一日中、朝起きてから寝るまで高崎山の猿さながらに動き回っているからだ。
彼らは群れをなしてるけど、こっちは一人だ。

猿年は去る年でもある。

長年連れ添った家内が亡くなって1年8ヶ月。思い出は消えることはないだろう。
心の底の休火山はときに噴煙をあげる。

2016年の正月3ケ日は東京タワーに近いホテルの高層階ですごした。

海の見える部屋ではなく東京タワーに向き合っていた。

元旦は晴天にめぐまれこのホテルの上層階からも初日の出が見えたと言う。

 33階のレストランからはま近かに東京湾とレインボウブリッジの優雅な姿が見える。窓の外は最新の超高層ビルが数多く林立してる。
立体化した180度のパノラマ的眺望の東京の街もなかなかの景観に変わりつつある。

 アメリカ製のTVドラマではニューヨークを舞台としたストーリーが多い。立ち並ぶ超高層ビルの一つ一つの俯瞰影像が眼前に現れては消えていく。この迫力にならぶ都市はない。

 東京の都心もまだニューヨークには距離をあけられている。

この世界一のバックグラウンドこそ、TVドラマに真実みを付加し、人々を引きつける原動力だ。

しかし、あなたも、バーチャルなTVの世界より遥かにリアリティーな世界を身じかに体感できる。

ここ東京都心の高層ホテルで。

 窓から突き出たテラスに出てライトアツプされ光輝く夜空に伸びる東京タワーを見上げよう。
心ひかれる美女をぎゅっと抱きしめたまま熱い唇を重ねる時だ。
アドレナリンは体内を駆けぬけ、脳細胞は
βエンドルフィンで満たされる。

女の硬直した舌をしっかり絡めとる。
唾液が溢れ、そのままお互いの口腔深くに流し込む。

二つの唇はいつまでも離れない。
夜の闇の中に東京タワーの黄金の光を背景に時は止まり二人の身体は一つに溶け合って動かない。


 絶対的な孤独と向き合いながら苦しさと癒しの時間を生き続けて来たあなたの心はこの瞬間至福に満ちている。そして輝く星くずたちをちりばめた天空に吸い込まれていく。
こんな新年の夢を見たい?

現実の世界に生き続ける宿命を背負った私たちは過ぎ去ったものをいつまでも追い求め続けない。

人間として生物として我々は生命への執着と欲望から逃れられないから。 
そして求めるのはあくなき未知の明日の出来事だ。

 

こんなモスクワ旅行

2019/05/07
 こんなモスクワ 

 今年の5月1日、パスポートに令和元年初日の日時スタンプが押された。
大満足。
さて日本航空421便の成田発でモスクワ へ。
モスクワ市ドモジェドべ空港へは約10時間。午後3時に定時到着。
成田出発のスタート時の1時間の遅れをしっかり取り戻して。
機内食の和食はなかなかの味付けで旅心をはくも満足。
空港での入国審査は予想通り時間がかかる。パスポートの写真と実物を念には念を入れてさらに念入りに確認?しているのだろう。
 
 モスクワ大学政治経済学部に留学中の女子大生をロコさんとしてに頼んでいたのでロビーで初顔合わせ。モデル並みのスタイルに知性を感じさせるベッピンさんで年甲斐もなくウキウキとさせてくれた。
 小生この8月には80の声を聞く。一人旅。

タクシーで市内中心部のSAVOY HOTEL へ。
昼間の曇り空の下をラッシュにまきこまれずに順調にホテル着。
紺色も鮮やかな制服に身を包んだオールドオールドなドアマンがさっとタクシーに駆け寄ってくれる。気分良し。
 モスクワはメイン道路の道幅が広いので、立ち並ぶコンクリートの建物の重圧感はあまりない。
もっとも建物は平均10階以下で、空が広く感じられた。
 今回3泊したSAVOY HOTEL の朝食は内容豊富で、味付けもしっか丁寧な整然とした盛り付けも素晴しかった。本家ロンドンのSAVOY hotel の朝食を質量ともはるかに凌いでいる。雲泥の差だ。
朝食は当然ながらブッフェスタイルで室内の雰囲気も、従業員の立ち振る舞いも感じがいい。品数が多い上にボリュームもたっぷりだ。
スープ、新鮮な牛乳、ヨーグルト。サーモンは本場だけにとせも新鮮で香りも漂ってる。重厚な舌触りすら感じた。大きな丸ごと一匹焼きの鮭の肉感も立派で日本でも滅多にお目にかかれないのでは?。
ニシンはあったけど、鱈は見つけ損なったなあ。
生の野菜のサラダが新鮮でとてもうまい。
 しっかり朝食をたべて、日中の観光地巡りに備えた体力とエネルギーを強化する。あとでこれが正解と判った。
 
 初日はまずゴーリーキー公園に向かう。ぜひいってみたかった所の一つ。50年前、このゴーリーキーパークこそ当時世界的ベストセラーとなった長編サスペンス小説(その年のアメリカ推理小説大賞獲得)の舞台だったからだ。まだ米ソの冷戦の最中、007の活躍が世界を沸かせていた頃だ。
 このゴーリーキー公園はモスクワ市の中心部にあって静寂空間の中に整然とその存在感を浮き立たせて居る。すっきりと整備舗装された敷石の歩道。どこまでも続く10メートル越える新緑の芽が見事な緑の並木道。
まさに恋人同士が肩を寄せ合い歩くためのロマンチックな散歩道と言えるな。
 また孤独でさみしい中年男にはマラソンコースとしても最高。1日の疲れもとれ、空洞化した心も若干は癒されることうけあい。
緑が豊富な広大な敷地。小説の主人公であるスパイが活躍するには格好の舞台だと改めて実感させられた。
 もっともモスクワの市街はどの通りも綺麗に掃除が行き届いていて街自体はとても清潔であります。
 
 その散歩道を歩いていくとGAREGE という名の遠目にもスケールの大きさを感じさせる建物が姿を現す。
モスクワ市ご自慢の現代美術館である。
建物は3階建で簡潔かつすっきとしたグレーの外壁で囲まれて美しい。
内部の展示品も現代絵画中心で見応えのある傑作が揃っていていつまでも見飽きない。昔懐かしいモンローやグレースケリー、ジャクリーンなどの往年の美女軍団の珍しい写真にもお目にかかれてはるか昔の青春時代の消え去った夢、幻を蘇られてくれますよ。
 
 さてさてサボイホテルの真正面には6階建ての大きなビルに大注目。
一つのビル全体が子供天国になっている。
あらゆる年代の子供用の衣服から靴、オモチャ、ゲーム類までなんでも揃って居る。なんでもある。子供を運ぶ気動車まで走っている。
そして親子でいつも超満員だという巨大な吹き抜け空間を取り巻くレストラン街の数々。
世界中の有名なレストランのオンパレードで5階と6階の全部を占めている。
冬厳しい気候だから子供たちの心身を癒し空腹を満たすには必須の溜まり場であると納得する。

 モスクワでは流しの雲助タクシーに注意。
外出にはホテルからタクシーを呼んでもらい料金を交渉してから乗る。
 目的地へ行く場合、建物を一回りしたり、正面玄関脇を通過して裏口まで走ってから客を降す。客はそこから正面玄関まで建物をせっせと徒歩で半周して戻る。有名レストランも探すふりして100メートル先で降ろしたりもする。
 正規料金は日本よりかなりやすいが、悪質なタクシーにつかまるとその数倍以上ぶったくられるので要注意。

フルマラソンが趣味の人ならいっそ市内を走って美術館巡りしてもいいかも。
トレチャコフ美術館やプーシキン美術館も行きは良い良い帰りは怖い。
帰りは悪質なタクシーのカモにならないように。

 モスクワ市内の観光施設巡りは日系か大手旅行会社が主催して居る現地ツアーに参加することが安全。美術館巡りも同じです。
 美術作品で飾られたいくつかの地下鉄駅見物も、対独戦勝記念公園内に作られた巨大で豪華な噴水が自慢の宇宙センターもゴーリーキー公園も、歩く歩く歩く。モスクワでは有名な観光スポットは歩くことが前提条件。
まだかまだkというくらい、それでも着かないんだよね。現地のロコさんは早足で元気で歩くから。すっかり慣れてる感じ。
そうなると大枚払って自家用のベンツに乗ったまま観光するのもいいかも。
一般の観光客は市内の名所見物なら何度でも乗り降り自由な市の循環バスを利用するのがベスト。

 今回は3人のモスクワ在住の若い女性ロコさんたちと一ご緒させてもらった。
初日、2日目は政治経済学を勉強中という女子大生。健脚で長い足を生かしての移動。スタコラ平気で歩き続ける。息をきらせてついていくのが精一杯。
でもゴリーキー公園内は恋人同士のように肩を寄せ合って歩けたのはいい思い出になった。サービスどこを心得てるんだ。さすが。
 
 3日目は40歳のロシア人男性と宇宙航空センターを見物。
経済学を専攻したという気のおけないとても親切な中年男。地下鉄で移動。
が利用した駅は皆平凡なコンクリート製。
芸術的な絵画で飾られてる駅の数はすくない。
もし美術品を鑑賞したいなら事前に十分な調査が必要。
地下鉄の駅の構内も長いいんだよね。

 4、5日の昼は一人でプーシキン美術館とトレチャコフ美術館見物。
プーシキン美術館は評判どうりの名画のオンパレードで見応え十分。みなさんの好みみのこれぞという名画にであえます。
 トレチャコフ美術館は午後に行ったので入館まで長蛇の列、1時間以上並ぶというので諦めた。タクシーが蝟集。値段聞いたら正規料金の5倍。乗ってから
降りるときにびっくり。どこまで値切れるか。2倍までは粘って値切ること。
 
 モスクワにまで足をはこんだので、市内の名だたる有名レストラで食事。
じじいが一人でポツンとテーブルに座っても場違い。
疎外感を実感させられてきっと泣けてくるよ。
歳じゃとっても同伴者が必要です。ロコさんたち、皆親切だった。楽しかった。
 店名は、buono とwhite rabbit 。モスクワでも超有名レストラン。
またtorandotto (トーランドット)とプーシキンというこれもモスクワを代表する有名店でも食事した。
どの店も内部の飾りは立派で、スターリン様式で建てられた超高層ビルのてっぺん(white rabbit)からの夜景もなかなかのもの。
また味も満足させてくれました。

3人の女性たちのプロフィル。
 今回の旅の案内役をお願いした女性たち。
おひとりはviolinist 。モスクワ市内にあるローカルなオーケストラが日頃の職場だと。アルメニア人と結婚していてまだ子供はいない。モスクワ滞在は7年になると。気力充実していてとても活動的。夫婦二人とも同じオーケストラに所属して楽しい毎日を送ってるとか。物価が上がるのに給料は上がらず庶民は苦しい生活を強いられているとも。
それでももう日本に戻ることはないでしょうと屈託のない話ぶり。強いなあ。
 二人目のロコさんはモスクワ在住がまだ1年半でロシア語は喋れず。フリーランスの仕事を自宅でしているロシア人の旦那とは英語で日常会話を交わす。
目下は専業主婦で旦那の食事作りが日課らしい。
子供のような顔立ちに似合わず立命館大学の国際学部(大分市にある)卒でしっかりものという印象。
 
そしてモスクワ大学で政治経済学学を勉強中の彼女が3人目。
独身で素敵な男性を募集中とか。
 政治問題に興味ありとかでプーチン政権について当たり障りのない会話を交わしておしまい。がそれなりに楽しかった。
 
3人の女性たちは皆さんモスクワにすっかり根を下ろして堂々と生活してます。少なくとも一過性のツーリストの目にはそのように見えた。
1年の半分は暗い曇り空と寒さの中、日本人の集団を離れて馴染みの薄い生活環境の中で自分の行き方をしっかりと貫いて明るく生きてる。
その姿に80才過ぎのじじい彼女らの発するエネルギーとパワーに圧倒された。
女性はやはり、いつの時代も世界のどこでも男性より強いと改めて感じ入った。
こういう貴重な経験は集団で移動する観光するツアーでは味わえない。
旅は一人でないと目新しい経験は不可能。
旅する人生には年齢はバリアフリー。

 モスクワ ひとり旅の旅行者の安全は自分ひとりでは守りきれない。
信用の置けるガイドが必須、か数人で行動を。

モスクワが西ヨーロッパの諸都市とはかなり違う雰囲気を持つということは確認できた。

 

血糖コントロール基準値?

2019/02/20
人生100歳までのフレーズが普及してる現代日本。
健康を維持して100歳まで、元気でいたい、という願望を大勢の日本人は
当たり前のこととして抱いています。「先生、私頑張りますよ、100まで元気に」
こう おっしゃる高齢者の方が増えました。現実はなかなか厳しいとは内心では
思っていても、いや万が1どころか10分の1以下の確率で100歳まで手が届くんじゃないかと思っているんですね、本気で。

糖尿病のコントロールの指標ははHBA1c値で6.2%以下です。
これって厳しすぎません?
日本の代表的な糖尿病専門医が科学的データを元に討論を重ねた末に決定したことに異論を挟みたい。過去40年以上開業医として多くの糖尿病患者に接してきた経験から感じてきたことから到達した結論です。現在、我がクリニックに年齢が満80歳以上、最高年齢が95歳までの糖尿病患者さんは10数人います。最近その方たちのHBA1c値が8.0以上を超えていることが多いのにはたと気がついていたからです。なかなかHBA1c値が目標値をクリアできない。みなさん、HBA1c値が8.0%以上なんです。ときどき年に数回、12回測定いてb3~4回、ワンシーズンに1回は7、5以下にさがります。が翌月は元の黙阿弥です。
しかし、結構元気ですよ。なんて言ったて90歳ですから。
上昇な患者さんは既に専門病院外来に通院して治療をうけていて、軽症の患者さんが身近な街の開業医を訪れているという現実はあります。
しかし、そのような継承の患者んがみなさん、10ねん、15年と元気に私のクリニックに通われているんです。アカデミックな厳格な数値を外れてHBA1c値が8.0%以上をしばしば超えていてもです。
厳格な食事指導を定期的に私とベテランの看護師とでフェイス ツー フェイスで実行しているんでうすが、思うようにはいきません。

 

俳句

2018/11/30

亡き妻が 手塩にかけし 五月咲き 若き女の 指そっと撫で

ジジババと 分類されて 今もなお すれちがう美女 一撃浴びる



俳句

メキシコ風 夕焼け空の 嵐去り

風薫る 飛び出す園児 母の悲鳴

風そよぎ 朝の光のびて SATSUKI燃ゆ

モスクワ や 肌に突き刺す 五月風

葱坊主 赤の広場は 五月晴れ

モスクワ の夜は光り満ち 雪積もる

新緑の 薫風吹きぬ ゴーリーキー公園

新緑の 風かおりつつ 令和なり

タワマンに 夏の太陽 お地蔵さん 

タワマンの テラスに地蔵 影落とし

春冷えや 七色の噴水 夜空裂き

菜の花や 美女立ち止まる 地蔵かな

精悍に はやぶさ舞いて 藤ゆらす

桜散る 川面を逆上 ヘリコプター

夜桜に 伸ばす指さき 凍りつき

ひたすらに 前見て走る 桜舞い

満開の 桜に重なる 赤リボン

早春の 冷たき風に 花粉散り

春の嵐 むくむく湧く 入道雲

バシバシと 鳴り響く波 冬の宿

氷上の 貴婦人滑る マチスかな

雪つもり バス停かすむ 最後尾

じゃれ渡る 母と子の靴 雪つもる

公園に 集まりし母子 寒気とばす

大晦日 満員電車は ブラック

暖冬の 落葉ずしりと 竹ほうき

暖冬の 大気を吸いし 紅葉かな

フェルメール 黒髪の長蛇 上野かな

クリスマス ラブリーナイトの 熱き唇(クチ)

クリスマス 男ひとりの ケーキ買い

干竿に 胴体着陸す 赤トンボ

晩秋の 空に溶け込む 白き月

園児らの 笑顔あつめ 母走る

赤信号 指絡め待つ 落葉かな

公園に 降り注ぐ太陽 影ながし



 

墜落

2018/06/04

墜落、自家用ジェット機
海底から引き上げられ修復されたボイスレコーダーの記録;
墜落直前の録音内容:

「あれはよかったろう」「ああしてほしいんだろう」

「おいどうした、なかにいれろ。私をなかにいれろ、なにが起こってる?

なかにいれろ」

「あばずれ」「あのあばずれ女め」

「くそ、くそ、くそ、くそ」

「バン、バン、バン、バン」

「だめだ」

『あ』
コックピットで操縦桿を握る副操縦士のつぶやきとコクピット外からの機長の叫び声に重なるボディーガードが発射した拳銃音の記録だ。

事故調査関係者のなかで真っ先にこの録音を聞いた連邦運輸局事故調査委員二人の会話ー
「ボス?」
「ああ、聞いたよーーー」
「彼だったんですね。彼が女のことをこじらせて、あの客室乗務員とのことで」

2017年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作「晩夏の墜落」。その墜落機のコックピットのボイスレコーダーの記録である。
いわばこの小説の のエッセンス部分だ。
このわずか100文字に到達するために25万個以上の文字が費やされ、読者を飽かせることなく一気に引きずり込む。
640ページ余の長編サスペンス小説。
最優秀賞作品ならではだ。お金払って読む価値あり。

 アメリカの大富豪が所有する豪華自家用ジェット機がニューヨークから遠く離なれた高級避暑地近くの海に墜落する。
9名の命が失われ2名が助かる。
現場捜査の責任者である連邦事故調査委員会主任の錯綜しつつも冷静かつ客観的判断力。その思考過程の全てと、途中から捜査の主導権を握ったFBI主任捜査官の権力をうしろだてにした強引な捜査。
ーー自己中心思考と振舞い。
そして全米のテレビ視聴者に絶大な影響力を持つ大物コメンテイター兼司会者の人の意見に全く聞く耳もたぬ傍若無人振り。
現代アメリカ社会の切実な問題点を浮き彫りに一つ一つの断面が切り出されて興味尽きない。

 ジェット機を墜落させた直接の犯人の副操縦士と、一時期は彼の恋人であった女性客室乗務員との複雑に絡みあいそして決して一致することのなかった両者の深層心理が悲劇の引き金になった。

機長であるベテラン操縦士と富豪一族のガイドの詳細な描写にも必然性がある。

ストリーは非ミステリアスな話題も幾重にも重なっていく。
奇跡的に生き残った4歳の男の子と荒れ狂う海の中でその子の命を助けた無名画家。主人公である画家は偶然にもその遭難気に乗り合わせてしまう。
そして、絶体絶命の死の海から命がけの脱出に成功し、一気に英雄に祭り上げられる。
美男(主役の男は必ずイケメンと相場がきまってるが)の彼を奪い合う3人の優雅な美女達との愛とセックスが展開される。
あまり嫌味を感じさせずにモテない世の一般男性読者へもそれなりのサービスも。

他人を思いのままに操つる絶対的権力へのあくなき欲望。
無限に膨らむマネーへの渇望。
コントロール不能にまで持続するセックス本能。
求めるものに男と女の差はない。

 いつの時代でも、現代社会も我々をかずかずの欲望が取り巻いている。
理不尽な嵐のような数々のストレスに打ち勝って1ケの大きな幸運を手に入れた人。
複数のそこそこの欲望をかなえた人。
空振りの果て両手を広げて呆然とする人。
人間とは成功と失敗の流れに翻弄されさまよう生物。
 カミユの名作「ペスト」が20世紀を代表するスーパーショットなら、このミステリーは難しいバンカーショットからの脱出である。100に1回のチャンスを成功させ、しっかり女神を捕まえた。

 このミステリー大賞受賞の傑作が細かな規則とクソ定規に縛られたなかで日々の生活を送っている日本人の目にどのように映ったのか。
せせこましい日本人の脳細胞から見るとこの小説はいわゆるミステリー小説の分類、概念からは外ているのだろう。
だから日本ではベストセラーにならなかった。
 平凡な男女の恋のもつれが生み出す深層心理の複雑な絡みが、しかもたった一本の糸のもつれが大事故の原因となった。
その後のストリーの展開が謎解きとは無関係ではミステリーの外枠と切って捨てられてしまった。
 こういう評価の相違は根源的に欧米人と日本人との差だ。
日本人特有のガラパゴス的発想が日本国内の狭小なミステリーの定義、定規の合致しなかった。
 今回、日経新聞小説大賞を審査した3人の作家たちが、もしこの小説を読んだなら(読まないだろうなあ)どのような評価を下すかなと想像するのも一興。
あのような小説に500万も贈与するなんて。
50年間、日経新聞紙代を払ってきた読者としては少々懐の痛みをかんじる。

 

 

 

最後