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2018年、2017年、2016年申年の初夢

2016/01/10


2018年(平成30年)

2018年もついに半分が過ぎようとしている。
今は6月、梅雨である。今年は地震が頻発している。
6月17日の日曜日は正午ごろ前橋市を中心に群馬県で震度5が。
そして今日18日の午前8時前に大阪市北部を中心に震度6の地震に見舞われ、新幹線も午後5時ごろには正常に戻った。
一方、モスクワ市ではワールドカップが始まって世界中が狂気のように興奮し、NHKのゴールデンタイムも連日サッカー日本代表を詳細に報道している。
 日本はいつまた震度7以上の巨大地震に見舞われる危険性の中にいるのだ。

先月の5月で一人暮らしも満4年が過ぎた。まさに光陰矢のごとしがピッタシ。
気楽な一人暮らしに順応してきた。表向きは同情的な周囲の目も無関心になっている。去る者は疎しのことわざとうり。
またこれから新しい日々がはじまるのだろうか。



2017年はトリ年。(平成29年正月)

 
 1年が過ぎた。いや、もう3月12日だからプラス2ヶ月半。

1年前に申年の夢を書いて以来420日以上が過ぎ去った。
 1年ごとに時間の感覚は短縮していく。
90才を過ぎると1年が1週間並みの長さにしか感じられない。

 100才を越えても心身ともに大きな変化をうけずに元気で生活を続けている人が増えた。人類の確かな進歩の証だ。
 ボケずに年をとっていくと現在正常に活動している大脳生理学的desireはどう変わるのかな。
未知の世界の事を今ああだこうだと想像しても意味は無いか。

 今日、1ヶ月振りにベランダに野良猫が姿を現した。庭のカーペットにのんびりと寝そべって私をみつめていた。
 1ヶ月前に我家の2階のベランダに現れたときは庭石の上にキッチと正座し身動きせずに正面をむいていたのと同じ三毛猫だ。
 その時はしばらくの間、ベランダと居間を仕切る1枚のガラス戸越しに私と猫は向き合っていたのである。
初回の出会いではその三毛猫は私の顔をじいーっと見詰めていた。瞬きをまったくしないで。

 その時は2年半前に死んだ女房が猫に姿を変えて最後の別れに来たんだと思いこんだ(笑い)。そのくらい猫らしからぬ気品が全身から感じられたのだった。科学的根拠がないって?

しかし、今日はどうだ。
だらんと寝そべって、しかし油断のならない野良猫特有の眼差しで私をきつく見詰め返している。
正座していた彫刻のような気品は全く見られない。
ただの野良猫に戻っていた。
私はあくびをして椅子から立ち上がり、ベランダをあとにした。
新年の「野良猫の幻想」は終った。

 2017年の正月は東京湾を真正面に望むインターコンチネンタル東京ベイホテルで迎えた。
鏡のような淡いブルーの色合いが湾外まで平らな東京湾。
白黄金色に輝きを漂わせる青い海に差し込む放射状の光の帯。
初日の出だ。
白光の太陽がゆっくりと上昇していく。

そしてあッと言う間に太陽はその姿は膨張し黄金の丸い球体に変化した。岸壁に立ち並ぶ倉庫群の屋根の上をどんどん上昇していくのを見ると新しい年が始まったのだと実感する。


(猿)年の初夢    平成28年元旦        

今年は申年。

猿年と書いたほうが今の自分にあっている。

何しろ一日中、朝起きてから寝るまで高崎山の猿さながらに動き回っているからだ。
彼らは群れをなしてるけど、こっちは一人だ。

猿年は去る年でもある。

長年連れ添った家内が亡くなって1年8ヶ月。思い出は消えることはないだろう。
心の底の休火山はときに噴煙をあげる。

2016年の正月3ケ日は東京タワーに近いホテルの高層階ですごした。

海の見える部屋ではなく東京タワーに向き合っていた。

元旦は晴天にめぐまれこのホテルの上層階からも初日の出が見えたと言う。

 33階のレストランからはま近かに東京湾とレインボウブリッジの優雅な姿が見える。窓の外は最新の超高層ビルが数多く林立してる。
立体化した180度のパノラマ的眺望の東京の街もなかなかの景観に変わりつつある。

 アメリカ製のTVドラマではニューヨークを舞台としたストーリーが多い。立ち並ぶ超高層ビルの一つ一つの俯瞰影像が眼前に現れては消えていく。この迫力にならぶ都市はない。

 東京の都心もまだニューヨークには距離をあけられている。

この世界一のバックグラウンドこそ、TVドラマに真実みを付加し、人々を引きつける原動力だ。

しかし、あなたも、バーチャルなTVの世界より遥かにリアリティーな世界を身じかに体感できる。

ここ東京都心の高層ホテルで。

 窓から突き出たテラスに出てライトアツプされ光輝く夜空に伸びる東京タワーを見上げよう。
心ひかれる美女をぎゅっと抱きしめたまま熱い唇を重ねる時だ。
アドレナリンは体内を駆けぬけ、脳細胞は
βエンドルフィンで満たされる。

女の硬直した舌をしっかり絡めとる。
唾液が溢れ、そのままお互いの口腔深くに流し込む。

 

二つの唇はいつまでも離れない。
夜の闇の中に東京タワーの黄金の光を背景に時は止まり二人の身体は一つに溶け合って動かない。

 絶対的な孤独と向き合いながら苦しさと癒しの時間を生き続けて来たあなたの心はこの瞬間至福に満ちている。そして輝く星くずたちをちりばめた天空に吸い込まれていく。


現実の世界に生き続ける宿命を背負った私たちは過ぎ去ったものをいつまでも追い求め続けない。

人間として生物として我々は生命への執着と欲望か逃れられない。 
そして求めるのはあくなき明日の出来事だ。

 

蘇州夜曲の原点を求めて

2018/05/14

蘇州に空転ー「蘇州夜曲」の虚と実


君がみ胸に抱かれて聞くは
夢の舟歌ーーー
水の蘇州の花散る春はーーー


オールドエイジには懐かしい蘇州夜曲」は昭和15年8月に発表された。
映画の主題歌である。
 
 中国大陸での戦争が拡大を続け、軍国主義一色の重苦しい空気が満ちていた当時の日本。もはや手の届かぬ彼方に失われた郷愁のロマンを偲び現実との落差を感じ取っていた大衆の心を虜にしたのである。

 時は奔流となって流れ21世紀の現代。
いま世界は米中2つの大国に支配されてしまった。その一方の雄に成長し世界経済を牽引する巨大国家へと変貌した現代中国。
かって蘇州は多くの日本人には女優李香蘭の放つ妖しい美貌と歌に様々な思いを託した想像の街であった。
私は小学校1年生だった。

あれから80年、今の蘇州はどのような姿を見せているのだろうか。 上海から新幹線でわずか30分。
まずは巨大な駅舎との対面。
マンモスの肋骨を思わせる大天井と広い空間。
いまや世界中の観光都市で出会う無機質な物理的光景も蘇州の一つの顔だ。

過去の幻想を胸に旧市内へ。
「蘇州夜曲」に歌われる水路の幅は狭く、一直線に伸びた一本の川である。
両岸には土産物屋の家家がびっしり並ぶ。 中国特有の赤いランタンがごたごたと軒先に連なり埋め尽くす。風に大きく揺れながら。
そんな商店街はいつも大勢の観光客でごったがえしている。
息抜きは中世に建立された色あせた朱塗りの古いお堂。背後の寺院の伽藍が生い茂る緑の樹木越しに顔をだしている風景だ。
  金銀細工をほどこした派手な土産物の数々が店の奥まで陳列されている。大店、小店どれも同じようだ。
しかし時たま顔を見せる高級店の大きなガラスウインドウには高価な絹織物のドレスが優雅なカーブを描き、漆と金粉で描かれた名画が鮮やかな二つ折り屏風が印象深い。
街のほぼ中央まで歩いてくると円形の欄干橋が。
石段の角度はきつい。
映画の中で二人の主人公が再会したゆかりの橋?
映画のシーンはどうだったのだろう。
周囲の柳も伸びきった枝先を川面に垂らしている。
  20メートル幅の両岸に連なるホテルやレストランの窓には観光客の群れ。 川の水は淀んでゆれ動く漣が太陽の光を鈍く反射している。
原色の真紅や黄色の長方形の観光船の屋根も川の風情に溶け込んでいる。
古い白壁と赤瓦屋根を背に佇んで人々は何を感じているのだろうか。
西の空一面を掃いたような薄雲がひろがり、差し込む太陽の光を受けた 岸辺沿いの木製の椅子に腰を下ろしてしばし目をとじて「蘇州夜曲」の原点。
見えた?見えない?

 見事に区画整備された美くしい広大な駅前広場。
駅正面には⒉つの大型超高層ビルが威容を誇りそのはるか先には上海で見慣れた高層ビルが林立している。
上海から蘇州を走る新幹線沿いも同じ風景だ。
線路沿いの中高層ビル群は比較的整然とした構成で次々に現れ、短い時間帯で低い潅木が断続的に続く。
  蘇州は今や中国でも有数の近代的な都会である。

 誇りを心のそこに秘め肉の落ちた胸をぐーっと張れる「おじさま」と言われる人生の最後の境界線は75歳。
 アインシュタインは言っている「人類の進歩の中で霊的側面が進化すればするほど、真の宗教性に通じる道は生の不安、死の不安の中にはなく、合理的な知識のあとの努力のなかにあると」。
  「ナブッコ」で歌われる「行け、わが想いよ、 黄金の翼に乗って」の黄金の翼なみの最新鋭のボーイング777の翼は正確なナビゲーターシステムを駆使し最短2時間15分で上海と羽田を結ぶ。

  作詞家西条八十氏は青く清く澄み切った水路の岸辺で情熱的に抱擁し運命にもて弄ばれる悲運の男女の像を、あるいはその姿に自分を重ね合わせ「蘇州夜曲」を生み出した。迫り来る軍靴の音を背に感じながら。

しかし事実は全く違うから驚きだ。
映画の脚本を読んであの胸に迫る悲恋の歌詞を書き上げたとは。一歩も蘇州の地を踏むことなく。

 75歳を過ぎて、自分が長年抱いてきた「蘇州夜曲』誕生の秘話が存在しないとは相対性原理に反してるよ。 イマジネイションとリアリティティーの橋渡し役を見事に果たした西条先生の職人技に脱帽。
註;蘇州夜曲関連文献等はネット上で検索)

マドリッドの美術館巡り-1(イベリア航空直行便)

2017/08/14
 マドリッドへ~~~市内美術館めぐり

 マドリッドのバラハス国際空港。ターミナルT4sは入国より帰国時の手続が大変ですよ。うっかりしてると乗り遅れる危険が高い(笑)。
始めてこの空港を利用される方は十二分に気をつけながら注意深く移動しよう。
 
 ターミナルの規模が巨大で歩く距離も長い。動く歩道が完備されていても距離がたっぷりあるから急いで歩く。やがて息切れする。
途中で誰かに英語で道順を教えて貰うのも簡単でなく難儀。
また足腰に自信がない人は時間を十二分に余裕を持ってゆっくり行動する必要がある。あちこちかなりの距離を歩かされるので。
航空会社の搭乗券受取りカウンターと出国審査はT4ターミナルで。
ホテルからはT4ターミナルまでタクシーかバスが便利。
出国審査が終ってターミナル内に入ったらすぐにT4sターミナル行きのシャトル乗場に移動する。右に曲がるか左に曲がるか間違えると大変です。
延々と歩かされてT4sシャトル乗場の階段を下りてホームへ。
シャトル電車は3分でT4sターミナルに到着。エスカレーターを上がるとそこはもうターミナルのショッピング街。
Businessクラスのラウンジはすぐ判る。まずは一休み。快適な空間。用意されてる豊富な種類の食べ物をしっかり食べておいた方がいい。
ラウンジから搭乗口までは15分はかかるので休憩は早めに切り上げて搭乗口に行って待った方が安全。
 
 今回はイベリア航空の成田ーマドリッド直行便のBusinessクラス利用した。中型のエアバスなので大型ジャンボ機に比較すると予想通り座席はぐーと狭い。縦横ともに余裕がないので苦しい。水平になって睡眠を取る際は両膝以下は狭いボックスに突っ込んで自由に動かせない。
  搭乗前に抱いていたBusinessクラスで楽々と安眠して行けるというイメージは粉砕される。また往復和食コースをえらんだが、はっきり言って落第でしょう。
マドリッド市内の名のしれた和食店は値段も比較的安くかつ味も良かったのに。特に刺身定食や寿司定食が旨いですよ。マドリッドで寿司三昧を。
 世界で最初に営業始めたというレストランが市内の繁華街にある。日本人客が大勢います。巨大な牛のステーキは3人でも食べきれない。
 元気溢れるスーパー老人3人が主役のジャズバンド。特に88才という年を全く感じさせないリーダーのクラリネット奏者。迫力満点の見事なクラリネット技法を披露してくれた。感激。
まだまだ現役で活躍するでしょう。見習わなきゃ。
満員の客が全員で興奮し酒場全体が大いに盛り上がって雰囲気も最高ですよ。
洒落れたレストランやバルなどが並ぶ商店街をあるくと乾いた空気が頬をなで気分良い。食べて、演奏聞いたあとの散歩もおすすめです。
気楽に誰でもしかも安全安心して楽しめる。
4つ星ホテルも角にあります。
この近辺に住んでもいいな。
今回、夜のマドリッドの賑やかな商店街を十分楽しめたのは情報通でアテンドのお役目をしっかり果たしてくれた魅力満点のミセスyさんのお陰でした。トラベルコで偶然に知ってアテンドお願いした。
さあ、明日から市内の8つの美術館巡りを始めるぞ。

 東京bからマドリッッドへは時間かかっても座席に余裕のある大型機のフライト便を勧めます。ヨーロッパ各地で乗り継いだ方が結果的には疲労も少ないし、機内食も味もいいので満足感もえられる。
快適な旅はなにより身体の疲労度合が少ない手段を選ぶこと。
14時間のノンストップのフライト時間に滑走路で離陸するまでの待機時間1時間プラスは結講厳しい状況ですよ。
この直行便、個人的にはおすすめしません。