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2019年、2018年、2017年、2016年

2016/01/10

2019年(平成31年)3月。
 今年もあっという間に正月も終わり3月も中旬。
箱根往復大学駅伝のランナー達を沿道の脇で見送ったのも遠い昔の出来事に思える。2019年、平成最後の年である。
昭和と平成の時代を生きて80年を越えた。
まだ10年以上も生きそうであるし、あるいは1年後には消滅してるかも。
確かなのは今、現在の流れ行く一瞬の時だけだ。
そして今を意識している今がまさに人生の盛りだということ。それを自覚したい。60歳の定年を過ぎた人々が先先の幸運の到来を期待しても自分の両手で掴みとることは不可能だろう。
 運に恵まれ、生まれ持った利己主義に徹したDNA的才能を生かしきって場合は例外である。他人を利用して当たり前の能力は先天的。
そして判断力を素早く回転させ他人をだしぬく後天的な頭脳にみはなされたまま一生を終わるのが大多数の人間である。
しかし人生の成功も満開の桜も散って仕舞えば誰も見向きしないのと同じで気にすることはない。


2018年(平成30年)
 2018年も半分が過ぎようとしている。
今は6月、梅雨である。今年は地震が頻発している。
6月17日の日曜日は正午ごろ前橋市を中心に群馬県で震度5が。
そして今日18日の午前8時前に大阪市北部を中心に震度6の地震に見舞われ、新幹線も午後5時ごろには正常に戻った。
一方、モスクワ市ではワールドカップが始まって世界中が狂気のように興奮し、NHKのゴールデンタイムも連日サッカー日本代表を詳細に報道している。
 日本はいつまた震度7以上の巨大地震に見舞われる危険性の中にいるのだ。

先月の5月で一人暮らしも満4年が過ぎた。まさに光陰矢のごとしがピッタシ。
気楽な一人暮らしに順応してきた。表向きは同情的な周囲の目も無関心になっている。去る者は疎しのことわざとうり。
またこれから新しい日々がはじまるのだろうか。


2017年はトリ年。(平成29年正月)

 1年が過ぎた。
いや、もう3月12日だからプラス2ヶ月半。

1年前に申年の夢を書いて以来420日以上が過ぎ去った。
1年ごとに時間の感覚は短縮していく。
90才を過ぎると1年が1週間並みの長さにしか感じられないとか。

 
100才を越えても心身ともに大きな変化をうけずに元気で生活を続けている人が増えた。人類の確かな進歩の証だ。
ボケずに年をとっていくと現在正常に活動している大脳生理学的desireはどう変わるのかな。
未知の世界の事を今ああだこうだと想像しても意味は無いか。

 今日、1ヶ月振りにベランダに野良猫が姿を現した。庭のカーペットにのんびりと寝そべって私をみつめていた。
1ヶ月前に我家の2階のベランダに現れたときは庭石の上にキッチと正座し身動きせずに正面をむいていたのと同じ三毛猫だ。
 その時はしばらくの間、ベランダと居間を仕切る1枚のガラス戸越しに私と猫は向き合っていたのである。
初回の出会いではその三毛猫は私の顔をじいーっと見詰めていた。瞬きをまったくしないで。
その時は2年半前に死んだ女房が猫に姿を変えて最後の別れに来たんだと思いこんだ(笑い)。そのくらい猫らしからぬ気品が全身から感じられたのだった。科学的根拠がないって?

しかし、今日はどうだ。
だらんと寝そべって、しかし油断のならない野良猫特有の眼差しで私をきつく見詰め返している。
正座していた彫刻のような気品は全く見られない。
ただの野良猫に戻っていた。
私はあくびをして椅子から立ち上がり、ベランダをあとにした。
新年の「野良猫の幻想」は終った。

 2017年の正月は東京湾を真正面に望むインターコンチネンタル東京ベイホテルで迎えた。
鏡のような淡いブルーの色合いが視界の外まで平らな東京湾。
白黄金色に輝きを漂わせる青い海に差し込む放射状の光の帯。
初日の出だ。
白光の太陽がゆっくりと上昇していく。

そしてあッと言う間に太陽はその姿は膨張し黄金の丸い球体に変化した。岸壁に立ち並ぶ倉庫群の屋根の上をどんどん上昇していくのを見ると新しい年が始まったのだと実感する。


(猿)年の初夢    平成28年元旦        

今年は申年。

猿年と書いたほうが今の自分にあっている。

何しろ一日中、朝起きてから寝るまで高崎山の猿さながらに動き回っているからだ。
彼らは群れをなしてるけど、こっちは一人だ。

猿年は去る年でもある。

長年連れ添った家内が亡くなって1年8ヶ月。思い出は消えることはないだろう。
心の底の休火山はときに噴煙をあげる。

2016年の正月3ケ日は東京タワーに近いホテルの高層階ですごした。

海の見える部屋ではなく東京タワーに向き合っていた。

元旦は晴天にめぐまれこのホテルの上層階からも初日の出が見えたと言う。

 33階のレストランからはま近かに東京湾とレインボウブリッジの優雅な姿が見える。窓の外は最新の超高層ビルが数多く林立してる。
立体化した180度のパノラマ的眺望の東京の街もなかなかの景観に変わりつつある。

 アメリカ製のTVドラマではニューヨークを舞台としたストーリーが多い。立ち並ぶ超高層ビルの一つ一つの俯瞰影像が眼前に現れては消えていく。この迫力にならぶ都市はない。

 東京の都心もまだニューヨークには距離をあけられている。

この世界一のバックグラウンドこそ、TVドラマに真実みを付加し、人々を引きつける原動力だ。

しかし、あなたも、バーチャルなTVの世界より遥かにリアリティーな世界を身じかに体感できる。

ここ東京都心の高層ホテルで。

 窓から突き出たテラスに出てライトアツプされ光輝く夜空に伸びる東京タワーを見上げよう。
心ひかれる美女をぎゅっと抱きしめたまま熱い唇を重ねる時だ。
アドレナリンは体内を駆けぬけ、脳細胞は
βエンドルフィンで満たされる。

女の硬直した舌をしっかり絡めとる。
唾液が溢れ、そのままお互いの口腔深くに流し込む。

二つの唇はいつまでも離れない。
夜の闇の中に東京タワーの黄金の光を背景に時は止まり二人の身体は一つに溶け合って動かない。


 絶対的な孤独と向き合いながら苦しさと癒しの時間を生き続けて来たあなたの心はこの瞬間至福に満ちている。そして輝く星くずたちをちりばめた天空に吸い込まれていく。
こんな新年の夢を見たい?

現実の世界に生き続ける宿命を背負った私たちは過ぎ去ったものをいつまでも追い求め続けない。

人間として生物として我々は生命への執着と欲望から逃れられないから。 
そして求めるのはあくなき未知の明日の出来事だ。

 

血糖コントロール基準値?

2019/02/20
人生100歳までのフレーズが普及してる現代日本。
健康を維持して100歳まで、元気でいたい、という願望を大勢の日本人は
当たり前のこととして抱いています。「先生、私頑張りますよ、100まで元気に」
こう おっしゃる高齢者の方が増えました。現実はなかなか厳しいとは内心では
思っていても、いや万が1どころか10分の1以下の確率で100歳まで手が届くんじゃないかと思っているんですね、本気で。

糖尿病のコントロールの指標ははHBA1c値で6.2%以下です。
これって厳しすぎません?
日本の代表的な糖尿病専門医が科学的データを元に討論を重ねた末に決定したことに異論を挟みたい。過去40年以上開業医として多くの糖尿病患者に接してきた経験から感じてきたことから到達した結論です。現在、我がクリニックに年齢が満80歳以上、最高年齢が95歳までの糖尿病患者さんは10数人います。最近その方たちのHBA1c値が8.0以上を超えていることが多いのにはたと気がついていたからです。なかなかHBA1c値が目標値をクリアできない。みなさん、HBA1c値が8.0%以上なんです。ときどき年に数回、12回測定いてb3~4回、ワンシーズンに1回は7、5以下にさがります。が翌月は元の黙阿弥です。
しかし、結構元気ですよ。なんて言ったて90歳ですから。
上昇な患者さんは既に専門病院外来に通院して治療をうけていて、軽症の患者さんが身近な街の開業医を訪れているという現実はあります。
しかし、そのような継承の患者んがみなさん、10ねん、15年と元気に私のクリニックに通われているんです。アカデミックな厳格な数値を外れてHBA1c値が8.0%以上をしばしば超えていてもです。
厳格な食事指導を定期的に私とベテランの看護師とでフェイス ツー フェイスで実行しているんでうすが、思うようにはいきません。

 

俳句

2018/11/30
短歌;

ジジババと 分類される 今もなお すれちがう美女 一撃強し
年末も 新年もただ 飯食う男 テレビも暗し

俳句:

モスクワ や 肌に突き刺す 五月風

葱坊主 赤の広場は 五月晴れ

モスクワ の夜は光り満ち 季節なし

新緑の 薫風吹きて ゴーリーキー公園

新緑の 風かおりつつ 令和なり

タワマンに 夏の風ふく お地蔵さん 

タワマンの テラスに地蔵の 影長し

春冷えの 七色の噴水 夜空裂き

春なれば 過ぎ行くゆく美女 地蔵に涙

精悍に はやぶさ舞いて 藤の房

桜散る 川面を逆上 ヘリコプター

夜桜に 伸ばす指さき 凍りつき

前だけを 見て走るランナー 桜舞い

満開の 桜に重なる 赤いリボン

早春の 冷たき風に 春かすむ

春の嵐 むくむく湧く 入道雲

バシバシと 鳴り響く波 冬の宿

氷上の 貴婦人滑る マチスかな

雪つもり バス停かすむ 最後尾

じゃれ渡る 母と子の足 雪つもる

公園に 集まりし母子たち 寒気とばす

大晦日 満員電車は ブラック

暖冬の 落葉ずしりと 竹ほうき

暖冬の 大気を吸いし 紅葉かな

フェルメール 黒髪の長蛇 杜の上野

クリスマス ラブリーナイトの 熱き唇(クチ)

クリスマス 男ひとりの ケーキ買い

干竿に 胴体着陸す 赤トンボ

晩秋の 空に溶け込む 白き月

園児らの 笑顔あつめ 母走る

赤信号 指絡め待つ 落葉かな

公園に 降り注ぐ太陽 冬の影



 

墜落

2018/06/04

墜落、自家用ジェット機
海底から引き上げられ修復されたボイスレコーダーの記録;
墜落直前の録音内容:

「あれはよかったろう」「ああしてほしいんだろう」

「おいどうした、なかにいれろ。私をなかにいれろ、なにが起こってる?

なかにいれろ」

「あばずれ」「あのあばずれ女め」

「くそ、くそ、くそ、くそ」

「バン、バン、バン、バン」

「だめだ」

『あ』
コックピットで操縦桿を握る副操縦士のつぶやきとコクピット外からの機長の叫び声に重なるボディーガードが発射した拳銃音の記録だ。

事故調査関係者のなかで真っ先にこの録音を聞いた連邦運輸局事故調査委員二人の会話ー
「ボス?」
「ああ、聞いたよーーー」
「彼だったんですね。彼が女のことをこじらせて、あの客室乗務員とのことで」

2017年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作「晩夏の墜落」。その墜落機のコックピットのボイスレコーダーの記録である。いわばこの小説の のエッセンス部分だ。このわずか100文字に到達するために25万個以上の文字が費やされ、読者を飽かせることなく一気に引きずり込む。
640ページ余の長編サスペンス小説。

最優秀賞作品ならではだ。お金払って読む価値ありですよ。

 アメリカの大富豪が所有する豪華自家用ジェット機がニューヨークを離れた高級避暑地近くの海に墜落する。9名の命が失われ2名が助かる。現場捜査の責任者である連邦事故調査委員会主任の錯綜しつつも冷静かつ客観的判断力、その思考過程の全てと、途中から捜査の主導権を握ったFBI主任捜査官の権力をうしろだてにした強引な捜査ーー自己中心思考と振舞いが、そして全米のテレビ視聴者に絶大な影響力を持つ大物コメンテイター兼司会者の人の意見に全く聞く耳もたぬ傍若無人振りにも焦点が当てられている。アメリカ社会の切実な断面が描かれていて興味尽きない。

 ジェット機を墜落させた直接の犯人の副操縦士と、一時期は彼の恋人であった女性客室乗務員との複雑に絡みあいそして決して一致することのなかった両者の深層心理が悲劇の引き金になった。機長であるベテラン操縦士と富豪一族のガイドの詳細な描写にも必然性がある。

ストリーは展開する。非ミステリアスな話題へと。奇跡的に生き残った4歳の男の子と荒れ狂う海の中でその子の命を助けた無名画家の登場だ。
偶然にも乗り合わせる運命に。しかし、死の海から命がけの脱出に成功し、一気に英雄に祭り上げられる。
美男(主役の男は必ずイケメンと相場がきまってるが)の彼を奪い合う3人の優雅な美女達との愛とセックスの展開も嫌味を感じさせずモテない男性読者へのサービス満点。

 他人を思いのままに操つる絶対的権力へのあくなき欲望、無限に膨らむマネーへの渇望、コントロール不能にまで持続するセックス本能。
求めるものに男と女の差別はない。

 いつの時代でも、勿論現代社会でも我々をかずかずの欲望が取り巻いている。理不尽な嵐のストレスに打ち勝って1ケの大きな幸運を手に入れた人、複数のそこそこの欲望をかなえた人。空振りの果て空手に呆然とする人。
人間とは成功と失敗の時の流れに翻弄されつつさまよう生物と定義して不思議ではない。
 カミユの名作「ペスト」が20世紀を代表するスーパーショットなら、このミステリーは難しいバンカーショットだ。見事、100に1回のチップインで女神を捕まえた。

 このミステリー大賞受賞の傑作が細かな規則とクソ定規に縛られたなかで日々の生活を送っている日本人の目にどのように映ったのか。せせこましい日本人の脳細胞から見るとこの小説はいわゆるミステリー小説の分類、概念からは外ているのだろう、だから日本ではベストセラーにならなかった。
 平凡な男女の恋のもつれが生み出す深層心理の複雑な絡みが、しかもたった一本の糸のもつれが大事故の原因でその後のストリーの展開が謎解きとは無関係ではミステリーの外枠と切って捨てられてしまった。
 こういう評価の相違は根源的に欧米人の思考と日本人特有のガラパゴス的発想の差に由来しているのだろう。
 今回、日経新聞小説大賞を審査した3人の作家たちが、もしこの小説を読んだなら(読まないだろうが)どのような評価を下すかなと想像するのも一興ですよ。

 

 

 

蘇州夜曲の原点を求めて

2018/05/14

蘇州に空転ー「蘇州夜曲」の虚と実


君がみ胸に抱かれて聞くは
夢の舟歌ーーー
水の蘇州の花散る春はーーー


オールドエイジには懐かしい蘇州夜曲」は昭和15年8月に発表された。
映画の主題歌である。
 
 中国大陸での戦争が拡大を続け、軍国主義一色の重苦しい空気が満ちていた当時の日本。もはや手の届かぬ彼方に失われた郷愁のロマンを偲び現実との落差を感じ取っていた大衆の心を虜にしたのである。

 時は奔流となって流れ21世紀の現代。
いま世界は米中2つの大国に支配されてしまった。その一方の雄に成長し世界経済を牽引する巨大国家へと変貌した現代中国。
かって蘇州は多くの日本人には女優李香蘭の放つ妖しい美貌と歌に様々な思いを託した想像の街であった。
私は小学校1年生だった。

あれから80年、今の蘇州はどのような姿を見せているのだろうか。 上海から新幹線でわずか30分。
まずは巨大な駅舎との対面。
マンモスの肋骨を思わせる大天井と広い空間。
いまや世界中の観光都市で出会う無機質な物理的光景も蘇州の一つの顔だ。

過去の幻想を胸に旧市内へ。
「蘇州夜曲」に歌われる水路の幅は狭く、一直線に伸びた一本の川である。
両岸には土産物屋の家家がびっしり並ぶ。 中国特有の赤いランタンがごたごたと軒先に連なり埋め尽くす。風に大きく揺れながら。
そんな商店街はいつも大勢の観光客でごったがえしている。
息抜きは中世に建立された色あせた朱塗りの古いお堂。背後の寺院の伽藍が生い茂る緑の樹木越しに顔をだしている風景だ。
  金銀細工をほどこした派手な土産物の数々が店の奥まで陳列されている。大店、小店どれも同じようだ。
しかし時たま顔を見せる高級店の大きなガラスウインドウには高価な絹織物のドレスが優雅なカーブを描き、漆と金粉で描かれた名画が鮮やかな二つ折り屏風が印象深い。
街のほぼ中央まで歩いてくると円形の欄干橋が。
石段の角度はきつい。
映画の中で二人の主人公が再会したゆかりの橋?
映画のシーンはどうだったのだろう。
周囲の柳も伸びきった枝先を川面に垂らしている。
  20メートル幅の両岸に連なるホテルやレストランの窓には観光客の群れ。 川の水は淀んでゆれ動く漣が太陽の光を鈍く反射している。
原色の真紅や黄色の長方形の観光船の屋根も川の風情に溶け込んでいる。
古い白壁と赤瓦屋根を背に佇んで人々は何を感じているのだろうか。
西の空一面を掃いたような薄雲がひろがり、差し込む太陽の光を受けた 岸辺沿いの木製の椅子に腰を下ろしてしばし目をとじて「蘇州夜曲」の原点。
見えた?見えない?

 見事に区画整備された美くしい広大な駅前広場。
駅正面には⒉つの大型超高層ビルが威容を誇りそのはるか先には上海で見慣れた高層ビルが林立している。
上海から蘇州を走る新幹線沿いも同じ風景だ。
線路沿いの中高層ビル群は比較的整然とした構成で次々に現れ、短い時間帯で低い潅木が断続的に続く。
  蘇州は今や中国でも有数の近代的な都会である。

 誇りを心のそこに秘め肉の落ちた胸をぐーっと張れる「おじさま」と言われる人生の最後の境界線は75歳。
 アインシュタインは言っている「人類の進歩の中で霊的側面が進化すればするほど、真の宗教性に通じる道は生の不安、死の不安の中にはなく、合理的な知識のあとの努力のなかにあると」。
  「ナブッコ」で歌われる「行け、わが想いよ、 黄金の翼に乗って」の黄金の翼なみの最新鋭のボーイング777の翼は正確なナビゲーターシステムを駆使し最短2時間15分で上海と羽田を結ぶ。

  作詞家西条八十氏は青く清く澄み切った水路の岸辺で情熱的に抱擁し運命にもて弄ばれる悲運の男女の像を、あるいはその姿に自分を重ね合わせ「蘇州夜曲」を生み出した。迫り来る軍靴の音を背に感じながら。

しかし事実は全く違うから驚きだ。
映画の脚本を読んであの胸に迫る悲恋の歌詞を書き上げたとは。一歩も蘇州の地を踏むことなく。

 75歳を過ぎて、自分が長年抱いてきた「蘇州夜曲』誕生の秘話が存在しないとは相対性原理に反してるよ。 イマジネイションとリアリティティーの橋渡し役を見事に果たした西条先生の職人技に脱帽。
註;蘇州夜曲関連文献等はネット上で検索)

最後