糖尿病の歴史

2014/11/13

糖尿病の歴史をふりかえる 
 古代から中世そして近代へ、コーカジアンであるヨーロッパ人たちは一日何キロカロリーたべていたのでしょうか。
正確な数値を計算する事は不可能です。
厳しい階級社会が成立していたヨーロッパでは身分の相違により食べる量も質もまったく違っていたからです。
私ども日本人も過去の確かな数値は不明です。
世界各国の一人当たりの摂取カロリーの信用できる数値にはなかなか巡りあいません。
現代ですらこの有様ですから、まして,千数百年前の市民、農民そして商人が毎日何百、何千キロカロリー
食べていたという数字はまったくの推測にすぎません。
飢饉を繰り返してきた歴史。
一般人の食料摂取は寺院や役場の記録帳だけから推測は無理です。

市民一人当りにすると年間100キロ食べた筈だという科学的根拠のない推測をしています。
 中世の盛期である12、13世紀 にはヨーロッパ人は年間100キログラム以上も肉を食べていたとの説もある。
ペストはじめとする疫病と繰り返す飢餓で人口が減り農産物が出来なかったために
手間のかからない放牧に頼らざるをえなかった。
中世の何年間はその状態が続いたという推論は正しい。
しかし、冷凍、冷蔵技術のない時代、牛や豚は殺しては食い、殺しては食いの毎日?
第一、そんな裕福な農民がいたらの話。
大部分の肉は塩漬けで長期に保存しました。
肉食が主食であったこの短期間のヨーロッパでの話が、時を一致した大航海時代を通じて
ヨーロッパ人種は肉食人種という噂となり海外に伝わったのが真相のようです。

 第2次大戦後、一人当たりの所得が世界のトップクラス入りした日本人は、その経済力に見合っただけの肉食はしてきませんでした。21世紀も15年経過しても飽和脂肪の摂取量は増加し続ける事はなかったのです。
現代の日本人に糖尿病と肥満が増加しているのに、過去30年以上も平均摂取カロリーは2000キロカロリー前後、あるいはそれを下回ったままです。脂肪摂取量だけは伸びているからだと言われてます。
でもその絶対量は遥かに欧米人のはるか平均値以下であり,欧米では低脂肪食に分類される量です。
これは世界の7不思議の一つ?です。
 
 糖尿病の最古の記述はエジプトのパピルスまでさかのぼります。
人間の身体の中を血液は循環しているという事実が発見されたの は 1628年です。
産業革命が始まる前でした。
そのころになると化学の進歩によって尿を客観的に分析でき診断力も向上したからです。
紀元前から尿に甘い蜜のようなものがあるという事は古代エジプトでも 判っていましたが、
病気の単位として糖尿病が 正式に認知されたのは1674年のことです
イギリス人の 医師Thomas Willisが「甘い尿」をみつけ、甘い尿を持った病気をdiabetes-mellitus
と命名したのです。彼は「多尿(diabetes)と呼ばれていた尿量 の多い病気をdiabetes inspidus(尿崩症)、
diabetes mellitus(糖尿病)に分類して、現代に通 用する糖尿病の概念を確立したのです。 

それから約100年を経て、18世紀ようやく 近代工業が隆盛の兆しが見せ 始める頃、有機、無機化学を
始めとして生化学的手法を用いた研究 が医学に影響を及ぼしました。
尿中の糖が本物のブドー糖であると証明されたのは 1786年でした。
19世紀に入り 化学の素晴しい発展で、尿中のブドウー糖 の検出方法も確立し糖尿の有無が
糖尿病診断の決めてになりました。
1870年代以降、今度は尿糖だけを証明しても糖尿病とは正確に診断できなない事が明らかとなり、
血糖値が脚光をあびるようになります。
こうして糖尿病の診断もやっと科学的になりました。
そのご食事制限と運動療法が はじまったのです。
1870年のプロシャーフランス戦争が飢えが糖尿病を軽快する事実を明らかにし、
食事療法の幕開けとなりました。


既にこの古代ギリシャ時代から糖尿病は発症していた筈。